太田衣のエッセイ

男性です。ほろよいに任せた雑談、日記、思っていること。古の記憶の発掘。記事内にプロモーションが含まれることがあります

セブンイレブンのウィスキー消費日記(3)

 

ごちそうさまでした

お試しで飲んでいたセブンイレブンあきました。ごちそうさまです。今日からはまた焼酎。そしてジャッキーカルパス。やはり、この組み合わせは原点で最強。

 

個人的な体質の話だけれども、醸造酒よりも蒸留酒のほうが体にあっているようで。ワインや日本酒、ビールなんかだと悪酔い・二日酔いするのだけれど、焼酎やウィスキー、ブランデーなんかだとがぶがぶいっても、そんなに次の日の体調に影響することはないのよな。

 

まぁ、お酒が飲めるようになってから、大半の人はワインやビールなど、醸造酒から飲み始めるもの。自分もそうだった。ビールや日本酒などの醸造酒でアルコール入門したのだけれど、毎回悪酔いになってしまって。さらにずっーと、日本酒を蒸留酒だと勘違いしていたため、蒸留酒はよくて、醸造酒が苦手という発想にずっと至れずに、自分はアルコール全部が合わない体質なんだなぁと思っていた。

 

 20代も終わりに差し掛かった10年くらい前。とっても疲れていた日の帰り道。半分どうにでもなれな気分で、駅前のコンビにでいいちこを買って、千鳥足で帰路を歩いたときから、自分がのんでも大丈夫なお酒もあるんだと気づいて。そこからちょいちょいいろいろなお酒をためしていき、だいたい、醸造酒は苦手で蒸留酒が好きという方向性が見えてきて今にいたる。

 

 かつて、飲んでればそのうちお酒につよくなるよ、とかいう言葉をいう人がいたけれど、まったく本当ではなく、いろいろ試すうちに体質に合うお酒が見つかることがまれにあるくらいの意味合いだろうなぁと思っている。

 

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セブンイレブンのウィスキー消費日記(1)



 セブンイレブンの冷凍ミックスベリーは本当に良いものだ。最初にくるのは幸福感。適当につまんで、ストロベリー・ブルーベリー・ラズベリーの三択から『おいしいもの』が当選した喜び。いわば、確定演出。ジャンケンで勝利したときとほぼ同等の幸福感に満たされて、晩酌が始まる。

 

 そして、ショットグラスに氷替わりに冷凍ベリーをいれて、ウィスキーを注ぎ一杯ぐいっといく。程よく冷えていてフルーツの酸味・甘味もほどよく加わり、とてもおいしい。これは、定義的には、ロックなのかカクテルなのか。蒸留のお酒は、カルヴァドスが好きなのだけれど、こいつはどれくらいもつか。ミックスベリーがよそう以上にあっているので、セブンイレブンのマークのあたりまでは飲み進めた。休肝日からの落差でぼやぁっとしているので今日はここまで!おやすみなさいませ、皆様。

 

 

 

 

サポート役のヒーローたち: ウソップと敷島の共通点

 

 今日は、『ワンピース』という漫画にでてくるウソップというキャラクターと、『ゴジラ-1.0』という映画にでてくる敷島というキャラクターがにているなぁと思いながら過ごしていたよ。

 

サポート役のヒーロー

ウソップというキャラクターは、スリングショットによる射撃で味方をサポートすることを得意とするキャラクター。一方、敷島は、飛行機の乗り回しにたけていて、作中では、ゴジラの周辺を飛び回り、気をひかせて本筋の作戦を通すという役回りだった。双方、『飛び道具』を活用したサポート役として、優れた能力を持っている。

言葉が巧み

ウソップは、名前の通りウソやハッタリを巧みに使いこなして、敵と相対したときに一瞬の隙を生み出すことに成功しているし、敷島も、ウソとハッタリを巧みに使って、戦闘機でゴジラと相対するために必要だが行方がわからなかった飛行機の整備士と再会を果たしている。

周りから一目置かれているのに気づいていない

そして、その能力の高さから周りからも一目置かれている。そのくせ当の本人は、周りから尊敬の目を集めていることに気づかず、敵にとどめをさせるだけの力がないことに劣等感を抱いている。

パートナーから愛されている

ウソップも敷島も、本人がなんとも思っていないさりげない行動がとても優しいため、本人が思うよりずっとパートナーの女性に愛されている。

ネガティブと決定的な場面の勇気

劇中の大半ネガティブな思考をしているように描かれているが、決定的なところで勇気を見せる。

共感を得やすい

多くの人は、こういったネガティブな思考で劣等感を抱いている人間味のあふれたキャラクターに、自己を投影し、共感しやすいのだと思う。加えて、本人の能力や周囲からの尊敬に当人が気づいていない様子から、視聴者も『自分も気づいていないだけで、もしかしたら・・・』と、自分や周辺を見つめ直してみると自信につながるようなものがあるかもしれない、という希望を感じさせてくれるようなところも、人気の理由であると思う。

 

よくあるヒーロー・主人公像である、努力や強さを重視していて、常に勢いや人望を持っているキャラクターではなく、生まれ持った才能をもっているのに、自分では弱いと思っており、常にネガティブで自信がない、ウソップや敷島こそが、現代に求められているヒーロー像なのではないかなぁと、共通点を探りながら思った。自分もこの人たち好き。まわりに幸せころがっておらんかな。

 

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ホッピー みつけたり、みつからなかったり

 

 

数日前の日記を書きながら、ホッピーについて思いだして。

 

koromohta.com

 

今日、生活物資の補給のためにドラッグストアに寄ったら、お酒コーナーにどんとおいてあったので、白・黒、両方入手して、これで晩酌にすることにした。おつまみは、揚げ塩ぎんなん。

 

通常ホッピーを3分の2ほどつかって1杯、黒ホッピーを3分の2ほどつかってもう1杯、ビアガーデンのハーフ&ハーフが大好きなので、まぜまぜして最後に1杯と飲み進めようと計画したのだけれど。白ホッピーと黒ホッピーってラガービールと黒ビールほど違いがあるようなものではないのだね。たしかに黒のほうがちょっぴりコクはあると思うけれど。次に目隠してだされたとて、どちらか答えられる自信はない。白ホッピーも黒ホッピーも、ハーフ&ハーフも、どれも大変おいしゅうございました。計画通り!

 

みつけたこと

さてさて、ホッピーをみつけたこのドラッグストアのお酒コーナーにはちょくちょく立ち寄っていて。たぶんホッピーもずーっと置いてあったし、視界の片隅には入っていたんだと思う。だけれども、これまで一度も手にとったことはなかったし、買おうと思ったこともなかった。見つけたことさえなかった。こういった盲点というものは、人生のいろいろな場面で経験したことなのだけれども、探したり、意識したとたんに見つかったりするものなんだよね。ついさっきも、白・黒ホッピーの違いをそれほど感じれなかったけれど、合わせたい料理があるとか、どちらかを少しでも好みだなと意識したとたんに見分けがつくようになるのだと思う。

 

みつけられなかったこと

そしてそして、初めてたしなむホッピーは、王冠で封がされていて。王冠をあけるのなんて、駄菓子屋で冷えたコカ・コーラをかったときから数十年ぶり。お店で瓶ビールなど頼んでもあけてくれるからね。そのくせ、栓抜きといえば、たとえば、十徳ナイフ。たとえば、コルク抜き。なんでもかんでもおまけについていて、いつでも用意できるやと思っていた。だけど、いざ必要となると見つからないものだった。どこかにあったかな?ってなって、もしかしたら、家中さがせば見つかったかもしれないけれど、結局、工作用のペンチでゴリっとあけさせてもらったよ。

 

結局

今日は、みつけたり、みつからなかったりの日だった。探さないとなにも見つからない。かといって、さがしても見つかるわけじゃない。その日の出来事からなにかしら教訓めいたものを日記にしたためようとして回想して一瞬で矛盾する。この逡巡が一番の教訓なのかもしれない。(まだ出来事から教訓を取り出そうとあがいている)

Re:年賀状配達アルバイト

今日は、ごぼうサラダと焼酎。ごぼうといえば、木を食べてるようだといわれることがあるから、昔、粘土でつくった丸太を添えて撮影してみた。

 

今日は、過去記事の移行作業がんばった。今日は、2003年の年始ころの日記。アルバイトで年賀状の配達をやっていたときの思い出が面白かった。年賀状に交じって借金の督促だとか、大人なお店への配達だとか、高校生には刺激がつよい経験がたくさんあって。数週間の経験だったのだけど濃厚な経験だった。

 

 セルフのどじっこ話なんだけど、間違えたポストにいれてしまったのをがんばって取り出そうとしたことにより、手のこうから出血してしまって。配達物に大量に血がついてしまって、全力で各所に謝罪しまくったのが懐かしい。

 

koromohta.com

 

 

 年賀状じまいみたいのが今年話題になったので、もう年賀状配達のアルバイトとかも、高校生なら冬休みの暇つぶしに誰しもやるみたいな雰囲気じゃないんだろうな・・・。

 

 担当地域ガチャではあるけれど、自分は、大人のお店への配達や、年賀状にまみれて借金の督促が行われるような面白い土地に振り分けられたので、大変経験になった思い出になっているよ。

 

 何棟もならんでいる団地に振り分けられたりしたら、面白みもなんにもないだろうから、おススメは一切しないのだけど、超個人的には社会勉強として面白い経験だったなぁと今ふりかえって思うアルバイトであった。

 

 

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恩人はコンビニイヤーマフおじさん

今日は、焼酎じゃなくって。菊水ふなぐち一番しぼりとカマンベールで晩酌。

 

自分は、いつも感謝している恩人がいる。そのくせ、名前も知らないし、顔も覚えていない。その人も自分のことを一切覚えていないと思う。しかも、たとえば農家さんとかお医者さんとかみたく職業や職種を表した概念でさえなくって、ある特定の人物。いわば街の喧騒ですれ違っただけの赤の他人。なのだけど、自分は恩を感じていて、いつも感謝している。そんな人がいる。

 

その人は、コンビニで働いてた。40代か50代のおじさんだ。コンビニで品出しやレジ打ちをしていた。イヤーマフをつけて。

 

最初は、見た目の年齢から店長クラスの人が道楽で音楽やラジオを聞きながらお仕事しているのかと思い、おもしろいなと思って。そのコンビニに赴くたび、そのおじさんを観察してしまっていた。よくよく観察すると、そのヘッドホン、当時はワイヤレスヘッドホンなどもそれほど普及していなかった時代。ポータブル音楽プレイヤーや携帯ラジオなどにつながっているケーブルがないことに気づいて。聴覚刺激を低減させるイヤーマフというものをそのときにはじめて認知した。

 

そのおじさんは、聴覚刺激を低減させることを目的としたイヤーマフというものを、自分に認知させてくれ、聴覚刺激を低減することで生活が楽になることがあるということを教えてくれた恩人だ。

 

視覚の調整器具、メガネやサングラスは、つかっている人も沢山みかけて、場合によってはオシャレアイテムとまで認識されているほど普及しているのに、聴覚刺激の調整アイテムは補聴器もそうだがなるべく目立たないような作りにされているのに加えて使っている人を見かけることも少なく、イヤーマフコンビニおじさんに出会うまで、聴覚刺激を調整するという発想自体がなかった。

 

そのコンビニイヤーマフおじさんに出会ったことがきっかけとなり、自分も聴覚刺激に過敏に反応していた記憶を次々と思い出した。とくに印象にのこっているのが、紫色の光で虫をおびき寄せ電流で駆除する機械だ。虫が電流にあたる瞬間にバチッという大きな音がなり、その音にビクっとなっていっこうに寝付けなかった。寝れないからといって、その機械をけしたとて羽音で寝れないという。いわゆる詰みの状態をずっと経験していた。

 

コンビニイヤーマフおじさんのおかげで、自分も聴覚刺激を低減させると生きるのが楽になるのでは?という可能性に気づき、今では耳栓を常用していて、つけてないときにくらべて安寧を感じている。

 

メガネやサングラスほどは社会的に認知されていないイヤーマフをしながらお仕事をするというのは、心理的に避けたい人も多いと思う。補聴器や耳栓が目立たないことを売りにしていることが多いことからもそのことが伺われる。にもかかわらず、どうどうとコンビニでイヤーマフをしてお仕事をしてくれていて、自分に聴覚刺激の調整による安寧という可能性に気づかせてくれた。名前もしらないし、顔も思い出せないが、イヤーマフコンビニおじさんには本当に感謝している。人生の恩人の一人だ。

 

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ところてんは、シャトーブリアン

 

 今日は、国産天草ところてんで一杯。低カロリーで食物繊維が豊富で触感も楽しいハッピーな食材だ。タピオカが流行ったのであればいつか大ヒットしそうなポテンシャルをもっていると思う。いや、寒天の観点からいえば、もうヒットとかいう一時的なものの次元ではなく、お米やキャベツみたいに、ど定番な食材になっているのだろうか。わからん。

 

 ところてん、父親の実家が、天草がよくとれる西伊豆だったので、とても手に入れやすかった。適当に近所の海岸で拾って父の実家に持ち帰れば、祖母がぱぱっとところてんに変換してくれたし、近所のおっさんが適当に拾ってきたという天草をところてんにしたものがお裾分けで大量に手に入った。

 

 家族の気分でしょっぱくなったり、すっぱくなったり、からしで辛かったり、きなこ味になったり、黒蜜やはちみつで甘くなったりする食べ物であった。地域によっては食べ方がきまっているらしいけれど、関東でも関西でもない西伊豆では、「ところてん、きったから食うかい?」といわれて居間に出向いたときの味付けが運ゲーすぎた。甘くなかったときの残念な印象や、いやいやと胃に流し込んだ記憶が強すぎて、子供のときは、嫌いな食べ物ランキングにはいっているくらいの食べ物だった。

 

 しかし、自分で味付けを選択できるようになってからは、そのときの気分でしょっぱ目も、酸っぱくも、からし多めも、たまに黒蜜も。気分によって味わいを変えられ、どれも美味しく。今では大好きな食べものだ。ところてんも、嫌いから好きへ。下剋上した食材のなかの一つだ。

 

 もちろん年をとって味の好みが変化したというのもあるだろうけれど、現在、父親の実家があった西伊豆でのお付き合いや関係がほぼなくなったというのも、たまに積極的に食べたくなるほど好きな食べ物へと変化した要因であると思う。

 

 手に入りづらくなったからこそ、遠くなったからこそ、縁がなくなったからこそ、好きになるということは、たまにあることだ。近すぎてその良さに気づかけなかったとかいうことではない。たしかに幼少期の自分は、好きとは正反対の嫌悪感を抱いていた。やはり、幼少期と違うのはそのアクセス性の違いだと思う。安価に大量に手に入っていた時代を知っているからこそ、市場でしか手に入れられないレア感が愛おしい。

 

 いうなれば、ところてんは、過去に安価で大量に手に入った記憶のおかげで、100円とそこらで手に入るシャトーブリアン。落差による希少性。自分の父親も、小さい頃にかさ増しとしての食材だった印象で嫌いだったという麦ごはんを最近は美味しそうに日々たべているよ。

 

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